近いのに行ったことがなかった小原神社。
とうとう先日参拝することができたので紹介していきます。
小原神社の成り立ちについて
茨城県笠間市に在る小原神社は検索すると二箇所ありますが、今回訪れたのは別名八龍神社と名がついている方です。
ちなみにもう片方の小原神社は別名香取神社ともいうそうです。
名前は同じでも系統が違うんでしょうか。
小原神社だけで検索すると鳥取の別名客神社がでてきますが、おそらく関連はないと思われます。
この鳥取県にある小原神社はブロッコリー神社ともいわれているそうで、それはそれで気になりますね・・・
茨城の笠間にある小原神社は、小原城本丸跡の北東にあり、境内にあるケヤキの木がシンボル。
こちらはケヤキ1号が昭和56年2月12日に笠間市の天然記念物に指定されています。
同じく、スギも昭和56年9月10日に友部町の天然記念物に指定。
小原神社の境内は小さな林になっています。
ちなみにちょっと徒歩で歩くとあたりは田んぼ。
非常にのどかな場所にお社があります。
現在は友部町は合併され笠間市になっているので、小原神社の住所は「 茨城県笠間市小原2234」になりますね。
鳥居が2つありますが、多分正門と思われる方はこちら。
小原神社の御祭神は素戔嗚命
神社の中には大きな石碑があり、こちらに神社のなりたちが書いてあります。
永徳元年に富田左内道正が鹿島の神を奉迎し、とありますね。
鹿島の神というのは鹿島神宮かな、と思うのですが、鹿島神宮の御祭神は武甕槌命。

こちら小原神社の御祭神は「高龗神」「闇龗神」「建速素盞嗚命」です。
ちょっと繋がりは不明ですね・・・
あわせて、神社がなぜ八龍神社と言われているのかはこの石碑だけでは情報が少なくてわかりませんが、三つ巴であることがキーになっているような気がします。
ちなみに鹿島神宮も神紋は三つ巴。
鹿島神宮が祀る建速素盞嗚命は、言わずとしれた「スサノオ」のこと。
スサノオは日本書紀などでは悪として描かれていますが、のちの大国主の命に繋がるキーマンです。
六世代、七世代後の孫が大国主の命だと言われていますね。
須佐之男についてはまた別の記事で触れることにします。
小原の地が茨城発祥は本当なのか
笠間の小原が常陸の国、茨城の発祥である。という話をご存知でしょうか。
713年に編集され、721年に成立した「常陸の国風土記」という文献によると那珂郡の項に
茨城の里。此れより北に高き丘あり
出典元 常陸国風土記
とありますが、この茨城の里(うばらきのさと)が西茨城郡友部町小原付近という。と解説が記載されています。
うばらきの読み方が変化し、おばらになり小原になったとか。
友部町小原とはまさにここ、笠間の小原神社があるところです。
近くにあるくれふしの里にも逸話が残っているので、もし歴史に興味が在る方はこちら参考に読んでみてください。

常陸国風土記 全訳注 (講談社学術文庫)
くれふしの里に伝わる逸話には蛇が出てきます。
蛇はよく「お使い」として登場しますが、八龍神社の近くで蛇というのはなにか関連がありそうですね。
少し冷ややかな空気が漂う小原神社。
知る人ぞ知る密かに人気のスポットで素敵なところです。
小原神社(八龍神社)のまとめ
所在地:〒309-1701 茨城県笠間市小原2234
御祭神:高龗神 闇龗神 建速素盞嗚命
神紋:三つ巴 アクセス:内原駅よりバス「内原駅北出会いの広場公園」下車
>>茨城の歴史を知るならまずこの本から

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